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森へ






細い小道をのぼり、山の奥へ。
辿り着いたそこは、まさにおとぎの森。








森の住人は、
店主がもっとも尊敬する建築家、佐々木茂良氏。








もう10年以上も前。
何気なく手に取った本に
見たこともない建物が載っていました。
それを目にした瞬間の衝撃を今も忘れてはいません。







以来、佐々木氏が手がけた建築物はすべて大切にファイルし、
いつかこの目で本物を見にいこうと心に決めていたのでした。








愛すべきヨーロッパの建造物。
それらが立ち並ぶ外国には幾度と行けども、
彼が暮らす森には、なかなか足を運べない。
店主にとってそこは、ヨーロッパより遠い日本の地でした。








「自然界に直線は存在しない。だから、
この家はどこにもまっすぐな線を使っていません」
童話に登場しそうな有機的なデザインの自邸を
このように語った佐々木氏の言葉は、
Kicaをつくる上での合い言葉にもなりました。







あれから8年。
仕事で東京へ向かう新幹線の窓から
何気なく外の景色を見ていた店主は、
見覚えのある建築物を目にしました。
あの特徴的なフォルム、素材使い…。
それは紛れもなく、佐々木氏が手がけた家でした。






たまたまその数日前、
佐々木氏の新しい建築物を雑誌で目にし、
絶賛と賞賛、想いの丈を熱く書きなぐり送ったばかりの店主。
くいいるように窓の外を見つめていると
さらに2〜3軒、彼が手がけたと思われる建物を発見。





年に何度も通る道、なのに今まで気づかなかった。
まるで、ものすごい宝物を発見したような、
懐かしい友人に逢ったような、
泣きたいような笑いたいような、
不思議な感覚に見舞われると同時に
今から始まる出張への緊張が一気に
ほぐれていくのを感じました。

「いい旅になりそう」。





まさにその翌日。出張先で店主は
なんと佐々木氏ご本人に遭遇することになります。
全身の血液が逆流するほど驚きました。

「こ、これぞ運命!…はっ、まさか赤い糸?」
「…んなわけないか」
「話しかけたい」
「でも…なんて?」
「す、好きです! 貴方が。あ、いえ貴方様の建築が…」
「…うーん。なんか怪しい。変な人と思われるだろうか」
「じゃ、じゃ、いつか私の家を建ててください!」
「…まだ場所も決まってないのに…?」
「じゃ、せめて応援だけでも…。が、頑張ってくださいっ!」
「…余計なお世話か」
「っつうか、先方も急いでるようだし、そういえば私もかなり急いでいる…」
「でも、この機会を逃したら…」
「いや、いかん。使命を果たすためにも今は1秒たりとも無駄にできない」
一人であれこれ葛藤している間に、ついにその姿を見失ってしまいました。







でもその数日後、
店にかかった一本の電話に店主はふたたび言葉を失います。

相手はなんと佐々木氏ご本人。
彼は私の問いかけに丁寧に応えてくださり、
「ぜひ一度、遊びにきてください」と
おっしゃってくださいました。





運命。
なんて言うと
大袈裟すぎて笑われるかもしれない。
でも。
強く抱いた願いは叶う。
改めてそれを確信した出来事でした。





心臓が飛び出しそうな感激から1年。
ずっと夢見描いてきた旅を
パートナーがプレゼントしてくれました。





真っ青な空のもと、
細い小道をのぼっていくと
鬱蒼とした緑に包まれるように現れる
見覚えのある屋根と煙突。







やっと逢えた。
感動のあまり声も出ぬまま、
どこから見たらいいのやら、
視点はいっこうに定まりません。






森の案内役ソフィおばあちゃんと、しばし歓談。
その森には、佐々木氏の建築アトリエはもちろん、
雑貨店やケーキショップ、
カフェやギャラリーなどが点在しており、
中でも2001年に完成したフレンチレストラン「Douceur」は
店主にとってのザ・ベスト・オブ・建築。





その全貌をこの目で確認することこそが
今回の旅の目的だったのですが、
当然のことながらレストラン内部は
その利用者しか見ることができないとのこと。





ちょうど時間はお昼どき。
「じゃ、ランチしよう!」
ついさっき鰻丼を食べたことも忘れて力強く提案するも、
ソフィおばあちゃんの顔が曇ります。
「残念ながら、レストランは3ヶ月前から予約でいっぱいで…」
「…オーマイガッ!」





地下1階・地上5階建てのレストランは、
中2階から3階にかけて5つの小部屋が立体的につくられており、
一度に5組のゲストしか受け入れることができません。
ランチは2部制だけれども、一日10組限定、
しかもシルバーウィークの初日とくれば
これは当然の現実。





連休の渋滞で到着時間が読めないことから、
あえて予約もせずに訪ねたけれど、
やっぱり、無念…。





パートナーと顔を見合わせて
がっくり肩を落としていると
「ちょっと待ってて」と
ふいに駆け出すソフィーおばあちゃん。

レストランの重いドアからニコニコ顔で出てくると
「あなたたちはラッキーだわ。ちょうど今、キャンセルが出ましたよ」。

なんというしあわせ。

「強く抱いた願いは叶う」。
そんな言葉がふたたび胸をよぎります。





ラッキーは続きました。

休日なのにたまたま出勤されていたアトリエの建築スタッフが
ちょうどランチから帰宅したところに運良く遭遇。
アポイントもとらず気まぐれに訪問した私たちに
佐々木氏独自の建物づくりのお話をしてくださり、
さらにはかつて佐々木氏とご家族が暮らしていた家を
案内してくださることに。





爽やかな風が吹く屋外のテラスでお茶をいただきながら
そこに建てられた建物の誕生秘話などを伺っていると、
なんとそこへ佐々木氏ご本人が登場。
これには私もパートナーも腰を抜かしそうになりました。
「お、お休みではないのですか?」
「明日からキャンプに行きますよ」
「…つ、ツいてる」





佐々木氏は、遠い過去に氏の建築への賞賛を熱く書きなぐり送った
店主のことを微かに覚えてくださっていて、
遠方ではあるけれど、ご縁があればぜひお力になりますと
優しく穏やかに語ってくださいました。
店主が抱いていたイメージ以上に
純粋で若々しく
生き生きとしたパワーに溢れた素敵な方でした。





森の中に点在するかわいい建物を夢中で巡っていると、
あっというまにランチの時間。





いよいよ十数年分の夢を閉じ込めた
重厚な扉が開きます。






ヨーロッパのワイン蔵を思わせるそこには、
残暑厳しい外の空気や喧噪を一瞬で忘れてしまう
ひんやりと心地いい空気と
穏やかで静かな時間が流れていました。







木や石、鉄、漆喰、ガラス、選び抜かれた古い布を駆使し、
至る所に設けられた階段、扉、そして窓。
期待通りのすばらしい空間が詰まっていて
いちいち涙が出そうになります。





建築が好きで、インテリアが好きで、
もう10年以上、家探しを続けている店主は
たぶん普通の方よりも多くの家を見てきたけれど、
こんな空気は、かつてどこの家にも存在しなかった。
○○風とか、なんちゃって○○とか、
そういう建物とは明らかに一線を画する
本物の空間が至るところに広がっていました。






1ミリも隙のない手仕事の細やかさ、
穏やかな静に包まれながらも溢れ出す心地よい温かみ、
さまざまな素材が織りなす圧倒的な存在感。
造り手のこだわりはもちろん、
そこで過ごす人への優しさが密に詰まっていました。






ふいにギャルソンが席に現れ、
ワインとビールをサーブ。
「オーナーからの贈り物です」。

粋なサプライズにまた感動。
そして、
店主以上に興奮し、キラキラとした目で
あちこちを歩き回った挙げ句、
ギャルソンに軽く制されるパートナーの姿が
なにより嬉しく。






大好きな人と、
この夢のような空間で過ごしたひとときは
きっと一生忘れないと思う。





そして私たち以上に、
数多くの人々を幸せにしているのであろう
この空間の造り手に再び敬服。





ランチの後は、待ちに待ったお宅訪問。
レストラン脇にある鉄のゲートを開けて
中庭のカフェを通り抜けた奥にその建物は静かに佇んでいました。





古い古い雑誌の紙面を
擦り切れるほど眺めては溜息をついた小さな家。
かつて佐々木氏が暮らしたそこは、
現在はスタッフルームとして使用されているため、
内部を見ることは原則としてできません。





貴重な経験に、胸が高鳴ります。


厚くて重いドアを開けると、そこはもうダイニング。
玄関三和土も下駄箱もありません。
モルタルでつくられたキッチンの流し台が目の前に飛び込みます。
もちろん食洗機などありません。





「今は私たち従業員が使っています。当時オーナーが住んでいた頃からは
随分変ってしまって、長年の夢を壊してしまうかも知れませんが…」
案内してくださったアトリエスタッフは、
躊躇しながらも、すべての空間を快く披露してくださいました。

1階は全部でざっと15畳程度。
決して広くはないのだけれども、ダイニングには
庭へ出入りできる吐き出し窓があり、
天気のいい日はきっとここを開け放ち、
外で食事を楽しんだのだろうと想像が膨らみます。





キッチンダイニングの低い天井とは対照的に、
左端にはちょっとした吹き抜け空間があって
薪ストーブの煙突が二階の天井へと伸びています。
「冬はこれ一台で家全体が温かくなるんですよ」

漆喰で塗り固められた階段と手すりが、
有機的なラインを描きながら二階へと誘います。





階段をあがると小さなベランダ、
寝室、そこに直結した浴室兼トイレと
ハシゴで上るロフト。
居住空間はただそれだけ。

この家の写真を初めて目にしたとき、
あまりにストイックなその造りに驚きながらも
かつて日本では見たことのなかった新鮮なスタイル、
潔さに大きな衝撃を受けました。

暮らすための最小限の設備しかないのだけれども、
どこよりも心地いい住まいの姿がそこにありました。

懐かしい上部タンク式のトイレ、
もちろん保温便座も洗浄機能もありません。
トイレ脇に置かれた大きな浴槽、
もちろん浴室暖房も追い炊き機能もありません。

でも、ガラスのない分厚い木窓が設置され、
窓を開け放つと外風がふんだんに流れ込みます。

さらに、木板の中央にはガラスを嵌め込んだ秘密の小窓があって、
ここを開ければ、寒い冬でも外の景色を楽しみながら
ゆっくりとお湯に浸かれるという仕組み。

暮らしを楽しむちょっとした工夫が
至るところに施されていて、そこにいるだけで
心が落ち着き、あたたかい気持ちになりました。







「これぐらいの小さな家はどうですか?」
スタッフが微笑みながら問いかけます。

若くて美しいその女性は建築士の資格を取得した後、
どうしてもここで働きたくて
1年間、席が空く日を待ちつづけたとのこと。

この森に佇む建物たちを見て、
その気持ちが痛い程わかりました。





欲しいものは欲しい。
いらないものはいらない。
そのように暮らしたいと思っています。





終の住処を求めて彷徨い、地に足のつかない暮らしを長い間続けていると
それなりの見栄えと、それなりに便利な機能を満載した、
それなりに豪華な家に憧れたりもする。
はたまた正直どうでもよくなって、住めればいいやと思ってみたりも。

でも。やっぱり。
私が家に求めるものは。




自分には何が必要で、何が不要なのか。
それがはっきりわかった貴重な旅だった。



いつの日か。
と思ってみるけど、
それはきっと
儚なすぎる夢のお話。

でも。

「強く抱いた願いは叶う、でしょ」

そう笑い合い、
夢のようなおとぎの森に
しばしの別れを告げたのでした。






*突然の訪問者に快く丁寧に案内をしてくださったスタッフの皆様、
ソフィおばあちゃん、そして佐々木茂良様。
すばらしいひとときを本当にありがとうございました。
心からお礼申し上げます。

ぬくもりの森
静岡県浜松市西区和地町2949




| Posted by kica2001 | favorite | comments(7) | trackbacks(0) |




emiri (2009/09/25 8:06 PM)
こんばんは、素敵な休日をお過ごしですね。
とても素敵な文章、また写真を載せて下さりありがとう。
恥ずかしながら、静岡の出身なのに今まで知りませんでした。
この日記をブログに載せてくださったことに感謝します。
私もぜひ伺いたいです。
外国の写真と思いました。
またお店でお会いできるのを楽しみにしています。
楽しい、
お話聞かせてください。

バディ (2009/09/25 9:12 PM)
点ちゃんです(*^_^*)

私も一目ぼれです!
こんな建築物大好き(^O^)

強く願って実現できる日を楽しみにしています!!
近所でね(*^^)v

w. (2009/09/26 1:22 PM)
こんにちは。
時々HARUKOさんのレッスンに
参加させてもらっているwakudaです。
すごく感動しました。
ここの所、色々としんどいことばかりで、
気持ちがかなりすさんでいたのですが、
この日記を読ませてもらって
感動が私にも伝わり、パートナーが喜んでいる姿が
嬉しく、という気持ちもすごくよく解り、
素直な気持ちになり、気持ちがほぐれました。
縁の不思議さにも驚かされますね。
でも本当に無条件で愛すれば、
きっとそれに対する返事が返ってくるんでしょうね。
長々とすみません。
なんだか救われた気がして、この気持ちを伝えたくて思い切ってコメントしました。
有難うございました。
またお店にも伺います〜。



kica manager (2009/09/26 11:29 PM)
*emiriさん*

こんばんは。いつもありがとうございます。
写真、大量に撮りすぎてセレクトが大変でした。

いつも通過するだけだった静岡、
ピンポイントで訪ねるのは初経験でした。

浜松と静岡もそうとう離れていますものね。
鰻も絶品でしたし(笑)、いろんな名所を訪ねましたよ。
またぜひ土産話をきいてやってください。

そして、Kicaがお手本にしている「ぬくもりの森」。
機会があったら、ぜひ訪ねてください。
きっと心に残る素晴らしい時間が待っていますよ。



*バディさん*

わぁ☆ 一目惚れしてもらえて私も嬉しいです。

近所…で実現できたらいいけど(汗)、
宝くじ当てなくちゃ(笑)。

気長に待っててくださいね〜。


kica manager (2009/09/27 12:15 AM)
*w.さん*

こんばんは♪
嬉しいお言葉に私の方こそ救われております。

しんどいことや煩わしいこと、
年を重ねるほどに増えていく気がして、
気持ちが疲れてしまうこと、ありますね。

私にとって今回の小旅行は、
「実物を見てみたい!」という
ささやかな夢を叶えるものだったのですが、
子供みたいにイキイキとした目で、
私以上に感激し興奮しているパートナーを見てびっくり。
その姿に、建物と同じぐらい感動してしまいました。

自分の好きなものに
同じように興味をもってくれることは
無条件に嬉しいものですね。
その意味でも素晴らしい経験でした。

ご自身の世界をしっかりとお持ちで、
その素晴らしさを美しい作品で表現されているw.さんも
きっと多くの方に感動と喜びを
与えていらっしゃるのだと思います。

これからも、ぜひ素敵なものを
たくさんつくって、また私たちを楽しませてくださいね。
そしてまた、Kicaにもお元気な姿を見せに
ふらり遊びにお越しくださいね。


miku (2009/09/28 2:01 AM)
ついに念願の訪問が出来てよかったですね!

夢中で写真撮ってる姿が思い浮かびますw


強く思っていたら願いも叶うんだなって、
改めて思いました。

お家も見つかるといいですね。

でも信じていたら絶対、
こんなかわいいお家にめぐり合えますよ!

私も強く信じて、これからがんばります。



kica manager (2009/09/28 8:31 PM)
mikuちゃん

いつもありがとう*

ショップ立ち上げという夢まで
いよいよ僅かですね。

Kicaを卒業してから
夢に向かって一生懸命努力している姿、
私もいっぱい刺激をもらっています。

お互い、
抱いた夢は叶えようね。

忙しいとは思うけど
無理しないように、
また食事いきましょう♪













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