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とある理想形。



 「この家で、僕が手を触れていない箇所は
一ミリたりとてありません。
いいところも悪いところも全部知っています」


200年もの時を刻んだその家(店)の主はそう言うと、
胸に溜め込んだ空気を吐き出すように笑った。


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憧憬と嫉妬、
焦燥と安堵、
敬服と降伏、のち幸福感。

初めて訪れたときの
ただならぬ高揚感は
今も全く変わらない。

人間の儚く些細な感情になどいっさい動じることもなく、
ただ静かにすべてを包み込む旧い建物、
そこで店主がつくりあげたその店は
軽薄な心持ちなどすべて見透かして軽く跳ね返す
独特の緊張感を孕んでいた。

訪れるたびに背筋が伸びる、特別な場所だった。





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2014.02.23、川西 HANAREへ。

突然の休業宣言を受けて滑り込んだ私を
店主Sさんは今までで一番穏やな表情で迎え入れてくれた。


「お休みを告げる文面があまりに潔く美しく
大事にとっておこうと思いました、いつかの自分のためにも」

私がそう言うとSさんは驚いたような顔をした後に、
瞬時にさまざまな事柄を察知してくれたのだろう、
体中のチカラを抜いたような何ともいえない顔をして笑ってくれた。

寂しさを一向に隠そうとも取り繕うこともしない。
どこまでも自然で素直な表情と仕草は
どこまでも誠実で優しさに満ちていた。
知り合って間もない私に対する
それが最大の思いやりなのだと感じた。


それは家具職人でもあるSさんがつくる家具と同じだった。


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「木工があってよかったってつくづく思うんです。
手を動かしているといちばん安らぐ。
自分はそれしかできない、完全なる木工フェチなんです」

一瞬、垣間みえた幸せそうな表情、
そんなふうに言える仕事に
どれ位の人が携わっているのだろう。



いろんな店が生まれては消えていく、
それを目の当たりにしてきた今、つくづく思うことは。


休業にしろ移転にしろ閉店にしろ
店主が必死で考えて出した答えはすべて正しい。


時代に適応できなかったわけではなくて、
時代に適応したからこその選択なのだと。
見失ったんじゃない、逆に見つけたのだと。

いろんな人、あるいは自分自身と
幾度となく同じようなやりとりを
交わしてこられたのだと思った。
望む望まざるを関わらず。



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「だけど結論を出すのに数年かかりました」。

ぽつり、ぽつり。

他人に語りながら自分に言い聞かせているうちに言い慣れた、
そんな言葉に耳を傾けていると
今に至るまでの過程や葛藤が痛いほどわかるような気がした。



玄関の小さな引き戸、
高い天井を行き交う立派な梁と
柔らかな照明たち、
空間別に意匠を凝らした建具に
階段下の真鍮金具、
年中開いたままの小窓たち。

大きな吐き出し窓から見える庭には
いつのまにか
休業を惜しむ人々の靴が無数に並んでいた。

すごい場所だなぁと
つくづく思った。


たぶん私は
これから自分に訪れる何かから逃れたい一心で
何かを見つけたい一心で
その日、その店を店主を訪ねたのだと思う。


「これからのことは
ゆっくり考えます。」

リセット。
慣れ親しんだ形態が変化するとき、
とかく人は不安を感じて無責任な憶測を巡らせるものだけど
それは
次の一歩のための
ささやかな過程にすぎない。


他でもない自分自身に
そう言い聞かせながら
その場を後にした。

人間の儚く些細な感情になどいっさい動じることもなく
圧倒的な存在感を纏いつつ静かにすべてを包み込む、
その旧い建物にふたたび明りが灯る日を
心から楽しみに。


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