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もうひとつの「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」


楽譜



「旅に出る」。

私がそう言うと、
パートナーは軽く肩をすくめて、
「お好きに」と笑った。

私はさっさと準備をすませると、
鼻歌を口ずさみながら家を出た。

それは長い長い夢のはじまりだった。

何かに突き動かされるように
歩いて歩いて辿り着いたのは、
甘い香りと心地よい音楽が流れる
とても素敵な国だった。

そこでは世界は明るく煌めき、
咲き誇る花々は不自然なまでに鮮やかで、
眠らない小鳥たちは透き通るさえずりを
終わることなく奏でていた。

朝と昼の別はなく
陽気で楽しい人々は、
好きな時に好きなだけ活動し、
あちこちで夢のようなお茶会や宴が
尽きることなく繰り広げられていた。

私は、食べることも眠ることも忘れて
そこでの暮らしに夢中になった。
探していたものは全てここにある、
本気でそう信じた。

たまに遠くから
私を呼ぶ声がしたけれど、
聞こえないふりをした。


愉快な宴はあいも変わらず繰り返された。
その頃の私は
刺激に満ちたこの世界のすべてを目撃したいと願い、
瞬きする間も惜しんであらゆる宴に足を運んだ。
目を背けたくなる悲しい出来事は、
ぜんぶ別の世界に置きざりにしようと目論んだ。

どれだけ季節が巡っただろう。

彼方からの声は時空の渦に吸い込まれ、
もはや私の耳には届かなくなっていた。
休息を忘れた体はふわふわと宙を彷徨いはじめ、
温度を失った心は次第に色褪せていった。

人々はそんな私に退屈し、興味を失い、
いつしか距離を置くようになった。
それでも、ありあまる幸せがその国には存在すると
私は頑なに信じ続けた。


ある日、川辺を散歩していると、
一人の女の子に出会った。
彼女は古くて粗末な桟橋に腰掛けて
流れる水を見つめながら
声を殺して泣いていた。

私は彼女の隣に座り、
魚の鱗のような水面をしばらく眺めることにした。


川


無数の落ち葉が
浮かんだり沈んだりしながら
目の前を通り過ぎ、やがて見えなくなる。
そんなことを83回ほど繰り返した時、
ふいに彼女は顔をあげ、
私をチラリと見やると
消え入りそうなかぼそい声で
ゆっくりと口を開いた。

この国にやってきた旅人と恋に落ち、
ずっと幸せに暮らしていたこと。
ある日、彼がこの川のほとりで
突然姿を消したこと。

世界の果てを流れる川には
別の世界につながる不思議な時空の入口があり、
旅人は巨大な渦の中に吸い込まれたのだと、
村人たちは噂した。
彼はもう
二度とここへは戻ってこないだろうと。

彼女の涙はいくつもいくつも川へ降り注ぎ、
流れる水と溶けあうたびに、
シャラシャラと澄んだ音を響かせた。
紙より薄い貝殻たちが
風に揺られて奏でるような音だった。


どうしてそんなに悲しいのだろう。

青から赤へ
変化する空の色や
雲の形を眺めながら
私はぼんやり考えていた。


いつのまにか日は沈み
圧倒的な静寂があたりを支配しはじめた。
それでも彼女は泣くことをやめず、
川は不思議な音をたてて流れつづけた。




蒼い月明かりが桟橋を照らしはじめると、
涙の川はさらに大きく共鳴し、
やがてシュプレヒコールのように
私の頭の中でこだました。
それは川の音ではなく
徐々に誰かの声に変わっていった。
かつて私が頑なに耳を塞いだ声。
それは悲しく辛く面倒な記憶を思い起こさせたけれども、
今、自分がいる楽園よりも懐かしい温りに満ちていた。

ダムが決壊するように、
忘れていた感情が一気に押し寄せてくるのを感じた私は、
彼女の手をとり川に沿って走りはじめた。

かつて旅人を飲み込んだ小川は、
何事もなかったように静かに流れてはいたけれど,
月明かりに照らされた祖末な橋の下は、
のどかな景色のそれとは明らかに違う様相を呈していた。
完全な闇に包まれたそこに何があるのか、
この目で見ることはできなかったけれども
落ち葉をぐるぐる吸い込む渦は確かにそこに存在していた。


帰ろう。

悲しくて面倒くさい、
でも何よりも温かくて優しい、
愛すべき世界へ。



ゴーゴーと轟く音の源、
限りなく深い漆黒だけが支配する
不思議な時空の入口へ。


微かに聞こえる声だけを頼りに、
私は一気に地面を蹴った。
枯れた桟橋の木板が大きな音をたてた。


握りしめた手を離さないように。


さよなら、夢の国。


…。




「おはよう」。


パートナーが心配そうに、
私の顔を覗き込んでいた。



大きな枕に頭を沈め、
「ただいま」と
夢うつつで呟くと

彼はしばらく考えて、

「おかえり」

そう言ってにっこり笑った。





数日後、
世界の果てで泣いてた彼女を
駅前で見かけた。


彼女はとても穏やかな顔をしていた。
きっと探していた恋人に出会えたんだと
私はそう思うことにした。




何不自由ない世界の果てで
旅人はなぜ
もうひとつの世界へ旅立とうと決めたのか。

私はなぜ
自分を呼ぶ声に耳を傾けたのか。

愛すべき世界を離れて
大切なものを追いかけた彼女は
果たして幸せになったのか。



答えを探すのは無意味だ。
たぶん。




長い長い夢のおはなし。

| Posted by kica2001 | - | comments(4) | trackbacks(0) |




kyoko (2009/01/28 2:39 PM)
お久しぶり♪
元気にしてる?
相変わらずあなたらしい日々を過ごしてるみたいね。私はというと毎日バタバタと時間だけが過ぎて行き私の人生って・・・・・?と思うこと多々あり。今年こそ何か自分にリセットかけてやり始めたいなぁと思っています。久々にあなたに会いに行こうかな?あなたに会えば何かが変わりそうな気がしています。会いたいな・・・・。

kyoko

kica manager (2009/01/28 3:00 PM)
kyokoさん*

うん、会いたい。
息継ぎもできないほど多忙で不完全な日々を,
あいかわらず私も過ごしていますよ。
あなたの何かを変えるほど、私に力はないけれど
あなたのためなら。いつでも。どこへでも。

枕を並べて夜通し語り合った日をもう一度(笑)!
本気でゆっくり再会を楽しみましょう。





バディ (2009/01/30 12:22 AM)

おれ満太郎
お正月に家出してたレオ君は無事やったんか?
書いてる内容にいちじるしく遠いコメントでごめんな(^^ゞ

パートナー早く元気になればいいな(*^_^*)

Kica manager (2009/01/30 12:35 AM)
おれ、レオ(くろねこ)。
満太郎、正月は心配かけたな。
おかげさまで無事帰還。

でもその数日後、オレまた家出。
野良のボスに襲われて、
恐怖と傷みでしばらく立ち直れなかった…。
でも懲りずに新たな家出計画企画中。
オレの「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」は
まだまだ続くんだぜ。

パートナー?
うん、今日も病院に運ばれて大変やった。
今年のウィルスは相当手強いな!
家出の後は、うがい&手洗い、これ大事。












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