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家6


こう生きたい、とか。こう暮らしたい、とか。
以前の自分には、はっきりとした夢があった。
だからその基盤となる住処には少しの妥協も
許せぬまま、譲れない条件だけが山のように
増えていき、もう十年も家探しを続けている。


家1



去年の夏、完成したての建売住宅を見学した
帰り道で、私たちは素晴らしい家に出逢った。
ツタのからまるその洋館はずいぶん手入れを
されておらず、壁という壁をツルに支配され、
二階の小窓の鎧戸は、朽ちて片方落ちかけて、
屋根は一部崩れ落ち、広い庭は悲しいほどに
荒れていた。まさに、おとぎ話の幽霊屋敷か、
魔法使いの館。でもちゃんと手入れをしたら
最高の住まいになるのは確実だった。一瞬で
その家に魅了された私たちは是非ここを手に
入れようと決意した。そして昼夜を問わずに
何度もそこを訪れた。ある夜、いつもの如く
そこを訪れた私たちは、驚きのあまりに声を
失った。ガラスのない二階の小窓から仄かな
灯りが漏れていたのだ。人が住める状態には
とても見えなかったのに。すごい。住んでる
人、すごい。いや、そんなことより何よりも。
人が住んでる以上、手に入れるのは相当困難、
これ確実。もしもあそこに暮らせたら、庭を
整え、壁を塗り、いつも笑い声がこだまする
そんな家に変えようと思っていた。淡い夢は
星空の彼方へと消えていった。それにしても。
どうして家の手入れをしないのだろう。家に
対する思い入れがあまりないのかもしれない。
もしかして。私たちの願いは意外とすんなり
受け入れられるかも…。万が一の可能性だが、
その家の主に会ってみようと私たちは考えた。
錆び付いた鉄の門扉を開けて、草を掻き分け
玄関ドアに辿り着くまで相当時間がかかった。
迷った末に意を決し、玄関ドアをノックする。
ノックしといて何なのだけど,まさか誰かが
出てくるなんて、正直、想像していなかった。
「お化け屋敷のようなこの家に住む位だから、
絶対変わった人に違いない」。不安が高まる。
会ってみたい。会ってみたいが会いたくない。
ほどなくして「どちら様?」とドアの奥から
声がした。「!!」怒濤のように押し寄せる
後悔と恐怖。逃げだしたい衝動と闘いながら
パートナーと肘をつつきあう。「あの、その、
どの…ん?」。しどろもどろの私たち。映画
「アダムスファミリー」さながらの、重厚な
ドアが開く。登場したのはラウル・ジュニア
のワケはなく、芸術家風の若い青年ただ一人。
アンジェリカ・ヒューストンもクリスティナ・
リッチも後ろにいない。軽く胸をなで下ろす。
とりあえず「いい…いい家ですね」とご挨拶。
突然の来訪者にもかかわらず、奥田民生似の
その青年は気さくに対応してくれた。その昔、
父親が建てたこの家に今は一人で住んでいる。
そう言って、彼は不思議そうな目で私たちを
見た。「わ、私たちに売ってください」。…。
しばし沈黙。「ここを、ですか?」。青年は
目を丸くし「変わった人ですね」と呆れ顔で
言った。そして今度はちょっと悪い人の顔を
したかと思うと、「おいくらで?」と笑った。
私たちは戸惑いながら、この北側に完成した
建売住宅の価格を告げてみた。すると、彼は
「あの家、そんなに高いの?」と驚きながら
こう続けた。「ここは眺望がいいでしょう」。
ウンウン! 力を込めて、何度も頷く私たち。
「でも。眺望なんて三日で飽きる。いちいち
毎日見ませんよ」。ほぉ、ナルホド。そんな
ものなのね…。彼は続ける。「それよりもね。
この森と山です。これがいいんです。これは
毎日見てても飽きません」。そう! まさに。
そうなのだ。その通りなのだ。人の入らない
原生林に、抱かれるように佇む洋館。まるで
おとぎ話の風景を切りとってそのまま貼った
ような独特の空気感に、私たちは魅了された。
そこに暮らす彼もまた同じ思いを持っていた。
朽ちかけた家の住人は、家に対する愛がない
わけではなかった。私たちは、丁寧にお礼を
言って一目散で自宅に戻ると、想いのたけを
文字に変えた。長い長い手紙になった。彼が
住む家のすばらしさを讃え、彼の家に対する
気持ちを讃え、それから。もしも、その家を
手放す時が来たならば、どうか私たちに声を
掛けてほしいと。返事はやはり、こなかった。


家2



半年以上が経過した今日。留守電に残された
一件のメッセージに、私は耳を疑った。彼だ!
やや緊張したその声は、彼の家の側に新しい
物件が登場したことを告げ、そのまま途中で
切れていた。それは、洋館を手放す気がない
ことを同時に伝えているとわかったけれども、
私たちには十分だった。突然の訪問、そして
不躾な申し出には、怒り出す人がいても何ら
不思議はないというのに。驚いた。私たちの
手紙など、とうに捨てられたんだと思ってた。
見ず知らずの人間の言葉にきちんと耳を傾け、
時を経ても忘れることなく、こうして応えて
くださったことに、心から感謝したいと思う。


家3


山の手の、古くて大きな洋館で、青年は今も
ひとり、静かに時を過ごしているのだろうか。
森に包まれたあの空間には、どんな朝が巡り、
どんな夜が訪れるのだろう。いつか。自分も。
小さくても、ボロボロでも、心から愛しいと
思える家を手に入れよう。もう一度、新たな
出逢いを信じて。家探しの長い旅を続けよう。

| Posted by kica2001 | life | comments(4) | trackbacks(0) |




かや (2009/03/05 4:29 PM)
これ、本当の話ですよね?
なんだか童話みたいな気がして・・・(笑)
いつかkicaさんが愛するお家を手に入れた時はぜひぜひお邪魔させて下さい。


kica manager (2009/03/05 5:27 PM)
はい! 正真正銘の完全ノンフィクションです(笑)。
これで、青年が「譲ってもいい」と言ってくれたら…
もっとドラマチックだったのでしょうね(涙)。
終の住処を手に入れる頃、
私はいったいいくつになっていることでしょう(笑)。
でも、入手した暁には、もちろん!
絶対にご招待させてください☆
きっとお化け屋敷みたいな家ですよ。





gaff (2009/03/06 9:48 AM)
素敵!すごい気になる!ドキドキした。
kica夫婦にもとってもお似合いのお家だけれど
住人の彼も同じ想いの人で良かった。

愛すべきものはなかなか手に入らないね…
いつか手に入れたら、私もぜひお邪魔させてね♪

kica manager (2009/03/06 12:18 PM)
もちろんもちろん!
小さな小さな建売住宅を買うことになっても
お城はお城。
心地いい住処をつくる努力をします。
毎日(?)遊びに来てください♪













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